「謎の風邪」と言われたら
最近、SNSを中心に「謎の風邪」という言葉を見かける機会が増えました。
「熱が続く」「咳がなかなか治らない」「検査をしても原因が分からない」などの体験談とともに、「今流行っている謎の風邪に違いない」といった投稿が広がっています。実際に、「うちの子は謎の風邪みたいです」と話しながら受診される方もいると聞きます。
しかし、医療の立場から見ると、「謎の風邪」という病気が存在するわけではありません。
もちろん、診察したその場で原因が特定できないことはあります。発熱や咳、のどの痛み、だるさなどの症状は、多くの感染症で共通してみられます。また、検査をしても発症初期には結果が出ないことや、現在の検査では調べられないウイルスもあります。
だからといって、「原因不明の新しい病気が流行している」という意味ではありません。
私たちが「風邪」と呼んでいる症状の多くは、ライノウイルス、アデノウイルス、RSウイルス、ヒトメタニューモウイルス、新型コロナウイルス、インフルエンザウイルスなど、さまざまな病原体によって引き起こされています。原因が分からないのではなく、診察時点では特定できていないだけということも少なくありません。
では、なぜ「謎の風邪」という言葉が広がるのでしょうか。
その理由の一つは、SNSの特性にあります。
SNSでは、「ただの風邪でした」という話はあまり注目されません。しかし、「原因不明」「謎」「今までと違う」といった言葉は人の目を引きやすく、拡散されやすい傾向があります。
また、人は不安を感じると、分かりやすい説明を求めます。

「咳が長引いている」
「熱が下がらない」
「家族みんなが体調を崩している」
そんな状況の中で、「これは今流行っている謎の風邪らしい」という情報を目にすると、安心感を得るためにその説明を信じたくなります。
しかし、本当に大切なのは病名を先に決めることではありません。
大切なのは、自分や家族の身体の状態を正しく観察することです。
熱は何度あるのか。
いつから続いているのか。
咳は出ているのか。
食事や水分はとれているのか。
呼吸は苦しくないか。
顔色はどうか。
こうした情報は診断にとって非常に重要です。
逆に、「SNSで見た謎の風邪だと思います」という情報は、診断の助けにはあまりなりません。
医療機関では、症状の経過や診察所見、必要に応じた検査結果をもとに総合的に判断します。SNS上で流行している言葉だけで病気を決めることはできませんし、してはいけません。
これはSNSだけの問題ではありません。
近年はAIを利用して健康情報を調べる人も増えています。
AIはとても便利な道具です。症状について調べたり、受診の目安を知ったり、病気について学んだりする上で役立つことがあります。
しかし、AIも万能ではありません。
AIは医師のように診察をすることができません。顔色を見ることも、呼吸の状態を確認することも、お腹を触ることもできません。入力された情報だけをもとに回答しているため、情報が不足していたり、重要な症状が抜けていたりすると、適切な判断ができない場合があります。
また、AIは時として誤った情報を自信を持って答えることがあります。
そのため、「AIがこう言っていたから大丈夫」「SNSでみんな同じ症状だと言っていたから様子を見る」と判断するのは危険です。
SNSもAIも、健康管理のための参考情報として利用することはできます。しかし、それらは診断を下すためのものではありません。
特に子どもや高齢者、持病のある方の場合は、症状が急激に変化することがあります。
「ただの風邪だと思っていたら肺炎だった」
「胃腸炎だと思っていたら別の病気だった」
ということも実際にあります。
だからこそ、情報を集めることと、診断することは分けて考える必要があります。
現代は、誰でも簡単に情報へアクセスできる時代です。それ自体はとても良いことです。病気への理解が深まり、予防意識も高まります。
しかし、多くの情報が手に入るからこそ、私たちは「情報をうのみにしない姿勢」も身につけなければなりません。
SNSで話題になっているから正しいとは限りません。
AIが答えたから正しいとも限りません。
ましてや、自分や家族の病名を自分で決めてしまうことは避けるべきです。
体調が悪いときは、まず身体の状態をよく観察してください。そして、不安な症状があれば医療機関に相談してください。
大切なのは、「謎の風邪」の正体を探すことではありません。
自分や家族の身体に何が起きているのかを冷静に見つめ、必要な時に専門家へ相談することです。
情報があふれる時代だからこそ、最後に頼るべきなのはSNSの流行語ではなく、目の前の身体の状態と医療の専門家であることを忘れないでいただきたいと思います。
横川医院 -Yokokawa Clinic-